完漕

2008/5/18/8:00頃

その日がきた。
我々は今日、日本人女性として初めてモロカイチャレンジを成功させる
その瞬間に立ち会えるのかもしれないのだ。
ただの観戦者なのに朝からグッと気合が入る。
昨日と同じレストランで朝食を済ますと早速目的地へと向かった。


2008/5/18/9:00

ハワイカイについた。
昨日とは違い今日は大会当日。ゴール地点は凄い賑わい・・・あれ?
観客や出店はおろか、ゴール地点の旗すらない。
海上にはサーフスキーがのんびりと浮かんでいた。
昨日と全く変わらない風景が今日もそこにあった。
どうなっているの?あと2時間もすればトップが入ってくるはずなのに。
「本当にここなの?」
私は不安になってマッサーさんに聞いた。
「昨日の店員さんの話だとこの先にある川を少し上ったところにある
ボートハウスがゴール地点だと言っとたで、多分このあたりには何も
ないんだわ。」
そうは言ってもマッサーさんも不安の色を隠せない様子だった。
 しかし困った。詳細な場所がわからなくても近くまでくれば案内表示ぐらい
あると思ったのに。いや例えなかったとしてもこれほどの規模の大会なら
雰囲気でゴール地点ぐらいわかりそうなものなのに、全くその気配は
感じられなかった。
 このまま闇雲に周辺を探し回ったところで埒があかない。地元のパドラーなら
知っているだろう。辺りを見回してみるとサーフスキーを車に載せている一人の
男性を見つけた。
「あの人に聞いてみようか?」
「そうだな、じゃあダッチ君頼んだ。」
「・・・」
言いたい事はあるが、もう今はそんな事を言っていられない。時間がないのだ。
「エ・・エクスキュズミー?」
その男性の後から声をかけると「Yes!」と言ってこちらを振り返った。
40歳前半だろうかアジア系の方だった。
「Do you know Molokai challenge?」
「Yes!」
おお、やはりモロカイの事を知っているではないか。私は例のレンタカーショップの
  地図を取り出すと聞いた。
「あ〜え〜Where finish here ?」かなり英語があやしくなってきたがそんなこと
なんてどうでもいい。とにかく知っている英単語を並べたてた。
現在地より少し東を指さし、そこがゴール地点だと教えてくれた。
 もう少し東に進むと橋があるからその橋を越えたら川沿いに上流へ向かえば
ゴール地点だということだった。
 お礼を言うと、会話ができたことで少し緊張がほぐれた私は彼に友達がモロカイに
出場していることを話した。すると向こうも興味を持ったらしくいろいろ聞いてきた。
同じパドラー同士言葉は通じなくても理解し合えるんだなあと感動していると
荒木さんを知っているかと聞いてきた。
荒木さんはOC-1の日本の第一人者で今ではハワイを中心に活動している方だ。
 私も数回国内で合ったことがあったので、知っていると答えようとしたその時
さっきまで遠巻きに私の様子を伺っていたマッサーさんがいつのまにかそばに
寄ってきて「my friend!」と自慢げに言った。
それを聞いた彼は大変驚きまた、喜んでマッサーさんに握手を求めた。
嬉しそうに握手をするマッサーさん。
何だよ、さっきまで近づきもしなかったくせに。美味しいとこだけ持って
いちゃって。それに友達?そんなに親しかったっけ?
ホント、調子のいいオヤジだなあ。

 何はともあれ教えらたゴール地点へと向かった。
言われたとおり橋を越え川沿いに走っていくとボートハウスが連なっているのが
見えた。ところがどこにもゴールらしきものが見当たらなかった。
周辺を何度もグルグル回ったがやはり見つからないので、一度さっきの場所まで
戻ることにした。もう11時まで1時間を切っていた。


2008/5/18/11:00

 再びハワイカイへと戻ってきた。
相変わらず大会のかけらもない。
今度は海上でOC-1を漕いでいる男性に声をかけた。
「Excuse me ,do you know Molokai challenge?」
男性は手を止めこちらを向くと「Yes!」と答えた。
「finish here ?」私は地面を指さして聞いた。
すると男性は「Yes!」と答えた。
やっぱりここでよかったんだ。喜んでお礼を言うと、「maybe・・・」と
付け加えた。ちょっと不安はあるがどうやら、ここで間違いないようだ。
しかし全く大会の気配がない。マッサーさんと二人で辺りウロウロしていると
二家族ほどの集団がイスやタープを持って我々の横をすり抜けていった。
ピクニックかな?そう思ったときあるものが目に留まった。
Finishと書かれたのぼりを持っているではないか!!
「Molokai challenge?」その人に聞いた。
「Yes!」
おおっ!ついに見つけたぞー!
私たちは飛び上がって喜んだ。

 大きな達成感に満たされたが、まだ何も始まっていない。
これからが今回の旅行の本当の目的なのだ。後はここでいつでもイツコさんを
出迎えられるようにひたすら待つのみだ。
 河口のそばまでくると、先ほどの集団がおもむろにゴールの設営を始めた。
といってもワンタッチタープを2張りとテーブルを2脚置き後は音響機材を
セッティングして河口の両岸にFinishと書かれたのぼりを立てただけだった。
たったこれだけなの?正直あのモロカイのゴールとしてはあまりにも貧相に思えた。
 セッティングが終了すると音楽を流しDJらしき人が何やら話し始めた。
多分、「天気もよく絶好のレース日和ですね。」みたいな事だろう。
でも観客はその集団と我々しかいなかった。そんなこと承知のうえなのだろう
早速皆、ビールを飲み始めた。大会スタッフがしかも頭から飲み始めるなんて
私の知る限り日本の大会ではまずありえない。(某大会の約1名を除いて)
 でも不快には感じなかった。むしろ、海風にあたりながら聞こえてくるレゲェ調の
メロディは心地よくさえ感じた。これから何時間と知れず何百人のパドラーを迎え
なくてはならないのだから、こっちもこのメロディ同様のんびりと気長に待つしかない
かもしれない。それにスタッフもこの大会を家族や友人とで楽しんでいるようだった。
 しばらくすると大きなダンボール箱が運ばれてきて、中からいろいろなモロカイ
グッズが出てきた。これを見逃すはずがないマッサーさん。脱兎のごとく駆け出すと
キャップからTシャツ、ラッシュガードまで手当たり次第に買いあさった。
 うかうかしていてはすべて買い占められてしまう!
「僕の分は残しておいてよ!」
するとマッサーさんはニヤリと笑い言った。
「大丈夫。ワシが売ってやるわ。」
「1割増しでしょ。」
「なんで、わかるの?」
「わかるよっ!!」
とにかくこの人に暴利をむさぼられる訳にはいかない。私もグッズコーナーへ向かった。
なんとか自分の分のTシャツとラッシュガードを購入することができた。


2008/5/18/12:00

 待つこと1時間。そろそろ腹も減ってきたが、近くにある売店は先ほどのグッズ
ショップだけ、あとは何もない。かといって、いつイツコさんがゴールするかも
わからないから今この場を離れるわけにもいかない。食料といったら朝コンビニで買った
ライ麦パンと水しかなかった。まさかこんなにゴールを見つけるのに手間取るとは予想
していなかったのでゴールを見つけてから近所のコンビニで昼飯を買えばいいやと思って
いたのである。こんなことならもっといろいろ買っておくべきだったな。
 この頃になると出場者の身内だろうか、パラパラと人が集まってきていた。
みんなピクニックにでも出かけるような感じで当然ランチも持参していた。
そんな中、バターもジャムもつけていないライ麦パンかじりながらただじっと
海を見つめている東洋人二人はさぞかし奇異に映ったことだろう。

ハワイカイにて
この頃になると
人も集まってきて
賑やかになって
きました。
後ろに見える半島が
ココヘッドです。

   突然DJが何かまくし立てるように話はじめた。何か動きがあったようだ。
どうやらトップの選手が見えてきたようだ。双眼鏡で海上を見るとココヘッドの先端に
伴走船だろう小型のクルーザーが見えた。サーフスキーはまだ確認できない。
時間が経つにつれサーフスキーらしき点が見えてきた。それはだんだん形がはっきり
してきてやがてパドリングしているのがわかるまでになった。
それから20分ほど経過してトップの選手がゴールラインを通過した。
 はるか彼方のモロカイ島から外洋を漕いできた人が今、目の前でゴールしたと思うと
こちらまで胸が熱くなった。
 それにしても何十キロも漕いできたとは思えないほど、その漕ぎは最後までしかっりした
ものだった。やはりレベルが違うなという事をまざまざと見せ付けられた。
 トップの選手はスタッフからレイをかけてもらいタープの下でDJからいろいろとインタビュー
をうけていた。そうしている間にも次から次へと選手たちがゴールに入ってきていた。

次々と選手達が
ゴールしてきて
会場周辺もにわかに
活気が出てきました。
ちなみに
この怪しげな格好は
今回全然日焼けして
いないので少しでも
日焼けしよう
という魂胆です。

   会場周辺は数時間前までがウソのように選手やその家族の方たちで賑わいはじめた。
芝生の上はサーフスキーやOC-1で埋め尽くされ、伴走してきたクルーザーも次々に丘の
あの広い駐車場へ引き上げらていた。その光景に私はしばし圧倒されていた。


2008/5/18/13:21

 海上を監視し続けることさらに1時間ほど、女性選手のトップがゴールした。
さあ、いよいよ女性選手も入ってくるぞ。一体イツコさんはどのあたりでゴールするの
だろう?もうここからは一時も目が離せないな。

 さらに監視を続けること2時間。いまだイツコさんの姿は見えなかった。
モロカイの過酷さは我々の想像をはるかに超えるものであろう。ましてや初挑戦である。
このぐらいの時間はかかるであろうことは予想できた。ただタイムリミットが気になった。
 するとマッサーさんが人だかりの中に誰かをみつけた。荒木さんだ。マッサーさんは
挨拶をしに近づいていった。荒木さんもこのモロカイチャレンジに参加していたようだ。
日本語が話せる人が見つかったことでいろいろ聞いてみたいことがあった。
まずはイツコさんはまだリタイアせずに漕ぎつづけているのか。
 スタッフに聞いてリストをみせてもらった。するとイツコさんのに欄にDNFの文字が!
これはどういう意味かマッサーさんが聞くと「Do not finish」の意味だと教えてくれた。
という事はリタイア!?一瞬いやな予感が走った。
  荒木さんがスタッフに詳細を聞いてくれたところ、これは現時点でゴールしていない
という意味でイツコさんはまだレース続行中だということがわかった。
我々はホッと胸をなでおろした。ただ制限時間は16:00。あと1時間足らずということも
わかった。
 荒木さんもイツコさんのゴールに立ち会いたいがもう戻らなくてならないらしく
ここで別れることになった。でも、おかげでいろいろ情報を聞くことができました。
ありがとうございました。


2008/5/18/15:30

 いくら広い駐車場や広場といっても限界がある。何百艇とあるサーフスキーやOC-1
そしてそれと同数の伴走船。いつまでもこの地に留まるわけにはいかず、片付けの
済んだ人達から帰りはじめていた。表彰式とかは別の場所で行われるらしい。
 この頃になると人もまばらになってきていた。そのうちゴールののぼりまで片付け
始めた。荒木さんの話では制限時間を過ぎても、その時点でココヘッド付近にいれば
最後まで漕がせてもらえるらしかった。何とかそこまでたどり着いてほしいそう願い
ながら双眼鏡でひたすらッコヘッドを見続けた。が、まだそれらしい姿を見つけることは
できなかった。


2008/5/18/15:40

 ココヘッド付近に一つのサーフスキーらしき影が見えた。
この時点ではまだ男性なのか女性なのかすらもわからない。
「マッサーさん沖に一艇見えるけどあれかな?」
そういってマッサーさんに双眼鏡を渡した。
「分からんなあ。漕ぎ方がちょっと違う気もするし。」
長年タンデムを組んでいるマッサーさんにもわからないようだった。
再び双眼鏡でその影を見続けた。他にそれらしい影はない。
もしあの影がイツコさんでなければ完漕の可能性はもうないといってもよかった。
キャップの後ろから縛った髪が垂れ下がっているのが見えてきた。どうやら女性らしい。
がぜんイツコさんである可能性が上がった。それとパドルのブレードに青いステッカーが
貼ってあった。
「マッサーさん、イッちゃんってパドルに青いステッカー貼ってた?」
何とかイツコさんであることを確認しようと些細なことでもマッサーさんに聞いてみる。
「いやーわからん。今回どんなパドルを持っていってるかわからんからな。」
これも有力な手がかりにはならなかった。
双眼鏡で必死にそのサーフスキーを見ていると、何やらスターン部分にはためいて
いるものがある事に気がついた。それは近づくにつれ、はっきりとその姿を現した。
白地に真っ赤な円。じわーと体の中から熱くなった。
「マッサーさん!サーフスキー部門の女子で日本から参加しているのイツコさんだけだよね?」
私は叫んだ。
「あっああ。そのはずだけど。」マッサーさんも私の様子をみて興奮気味だ。
「日の丸!あの船、日の丸つけてる!間違いないよ!」
「あれはイツコさんだよ!!」
「本当か!?」叫ぶなりマッサーさんは海に入っていった。
そのうち肉眼でも確認できるまで近づいてきたが、様子がおかしい。
どうやらゴール地点がわからないようだ。海でのレース、特に長距離のレースほど
ゴール地点がわからないことほどつらい事はない。逆にゴール地点がわかれば
最後の力が振り絞れるものだ。私は飛び跳ねながら両手を上に上げて思いっきり
手を振り大声で叫んだ。  



 マッサーさんも撮影を忘れ必死にイツコさんを誘導する。
すると、どうやらこちらに気づいたらしく方向を修正しこちらに向かってきた。



「あと少し、あともうちょっとの辛抱だ。がんばれ!!」
周りの目も気にせず我々は大声で叫んでいた。


2008/5/18/16:05 見事!日本女子初のモロカイ完漕。

 我々はついにその瞬間を目撃したのだった。
私はすぐにイツコさんの元へ駆け寄った。精魂つき果てた彼女は
その場にくずれ落ちるように船から降りた。
「イッちゃん!凄いね、本当に凄いよ。漕ぎきったんだよ!」
興奮を抑えきれず叫んだ。
「ダッチさん。本当ありがとう。」そう言うのが精一杯という感じだった。
無理もない。握手を求めようかと思ったが順番が違うなと、思いとどまった。
 実はマッサーさん、先ほど意気込んで海に入ったまではよかったが気持ちが
前に出すぎたのか、ゴールラインよりも5mほど前で待機していたので
ゴール地点で出迎えることが出来なかったのだ。しかもそこは水深が膝まであった
ので思うように歩けず出遅れてしまったのだった。
私はイツコさんからパドルを預かるとスタッフから渡されたオレンジを差し出した。
 ここで、ようやく真打登場。マッサーさんが駆け寄ってきた。
「本当にようやったなぁ・・」声が詰まってしまいそれ以上何も言えない様子だった。
「マッサーさん本当にありがとう。まさか待っててくれるなんて・・」
そう言うと二人は人目もはばからず抱き合って泣いた。
そばにいた私も思わず目頭が熱くなった。
 感動的な光景だ。写真に収めておこうと思ったが何だかとても野暮な行為のような
気がして取り出したカメラを、そのままウェストバックに戻した。

 なかば強引に付き合うことになったこの旅行。最初は観戦者という事もあって
あまり乗る気ではなかったが今この場に立ち会えて本当に良かったと思っている。
この年になるとリアルタイムでこんな気持ちを味わうことなんてまずありえない。
 イツコさんは後押ししてくれたみんなの為にもと思い頑張ることができたと
言っていたが、みんなもまたイツコさんの今回のモロカイチャレンジを見て
元気をもらったに違いない。
   ようやく落ち着いたところでイツコさんのもとへ行って改めて握手を求めた。
「お疲れ様でした。本当に凄いね感動したよ。ありがとう。」



モロカイ外伝 おわり

(Written by ダッチ)



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