前夜

2008/5/17/18:00頃

日没の遅いハワイにも夕暮れがせまる頃ホノルルの町を
はしゃぎながら歩く男とそれに仕方なくついてく男の姿があった。
前者はマッサーさん、後者は私と思いきや今回に限っては逆だった。
なぜこのような状況になっているのか?
時間は2時間ほどさかのぼる。

 ハナウマ・ベイを後にした私たちは次の目的地カイルワ・ビーチに向かっていた。
反応の悪いナビを頼りに目的地に向かっていたのだが車から電源を取っているため
一度エンジンを切るとすべの設定が消えてしまう。つまりどこかで休憩するたびに
目的地を設定し直さないといけないのだ。
 ただでさえ反応が鈍いところへ持ってきてその弱点をつくようなこのコンボ攻撃に
私はかなりイライラしていた。いやそれだけならこんなにイライラはしないそこへ
持ってきてガイドが全くアテにならないのだ。あっちこっち振り回されたあげくに
とうとう目的地には着くことができなかった。
 目的地周辺は高所得者の別荘が海岸を覆い隠すように建っており、浜への入口が
わからなかった。何度か同じ場所を行ったり来たりしたが、それらしい場所は
見つけられず別のビーチに行ったが、波など全くないファミリービーチで望んでいた
サーフィンはできなかった。
時間的にもそろそろ戻らなければならず断念せざるをえなかった。
 そして帰り道。迷うはずなどないのにナビの指示にしたがっていたらとんでもない
道に案内された。再度ナビの設定をし直すもパネルスイッチが反応しない。
この時には液晶画面がにじむほど押してもやっと反応するかどうかというぐらいまで
反応が鈍くなっていた。
 押す指に痛みすら感じながら一生懸命設定をしている横からマッサーさんが
「どうなっとるの?」としきりにせかす。
たまりかねて私が
「このバカナビがあ〜!!」と思わず声を出したとき。
マッサーさんの蔑んだような一言
「ダッチ君、何をそんなにイライラしとるの。もっと落ち着きゃあ。」
臨界点突破!!!
「ああ、もういい!こんなナビなんぞ知るか!この地図だけで帰ってやる!」
そう言ってレンタカーショップでもらった概略地図を開くとその地図でものっている
道路を看板と照らし合わせた。そして我々は島の南部を目指していたはずなのに
いつのまにか島中央部にいたことがわかった。
 ともかく現在地がわかればなんとか戻れる。マッサーさんに指示を出し
後は道を再び見失わないように地図をにらみつけた。
 こうしてホノルル空港まで戻る事にはなったが無事帰還することができた。
それにしてもこのナビはおかしい。レンタカーショップに持っていって別のと交換
してもらおう。ホテルに戻る前にレンタカーショップに寄った。
受付にいくと日本人スタッフは取り込み中だった。仕方なくもう一人のスタッフに尋ねた。
「Jpanese OK?」(文法なんかどうでもいい、シンプルが一番。これで通じるのだ。)
「No.」申し訳なさそうな顔をしてスタッフは答えた。
うーん困ったなあ。ナビの調子が悪いから交換してくれなんて上手く伝わるかな
とにかくダメもとで言ってみるか。
「えーっと。カーナビゲイション・・・」とそこまで言うと。
「Oh!broken?」と笑顔で聞いてきた。
「Yes!」と答えるとすぐに変わりのナビを持ってきてくれた。
なんだ?ここではナビが壊れるのは日常茶飯事なのか!?ブロークン?じゃあないよ!
そのせいで今日一日どんだけ苦労したことか。まあでも交換できてよかった。
車に戻り今のやりとりをマッサーさんに話すとマッサーさんもあきれていた。
新しいナビはすこぶる調子がよく電源を切っても設定はちゃんと継続されていた。
あたりまえか・・・

 部屋に戻るとなんだか疲れがどっと出た。サーフィンできなかったのは残念だったけど
あんなに綺麗な海にも潜れたし。それに明日だってモロカイの選手がゴールするのは
最初の選手でも昼過ぎらしいから、午前中はワイキキでちょっとサーフィンもできるな。
 そんな事を考えながらホテルに置いてあるガイドブックを眺めているとモロカイの文字が
目に入った。
「マッサーさん。モロカイのこと書いてあるよ。ゴール地点についてもわかるかも。」
「本当か?ちょっと読んでみてよ。」
「えーっと。ゴール地点については詳しく書いてないですね。」
「そうか。」
他に有力な情報がないかと読み進んでいくと、驚愕の事実が!!
トップの選手は11:00頃にゴールする。
「ちょっと!これ見て!トップの選手なら11:00頃にはゴールするって!」
「本当か!」
二人とも明日の午前中は遊べると思っていたのでこの事実には驚いた。
 確かにイっちゃんがトップで帰ってくる可能性は低い。
しかし、どの辺りでゴールするかは全く予想できない。
確実にイッちゃんをゴールで出迎えるなら11:00から待ちかまえていなくてはならない。
「どうすんの、明日?」
私の言葉にマッサーさんは
「ダッチ君だけ遊んで後から合流する?午前中に切り上げれば間に合うかも。」と言った。
たっぷり遊ぶ時間もあるからと、なかば強引に連れてきたはいいがモロカイについての
情報が全く入手できず明日も自由な時間がとれない私を気の毒に思っての発言であろう。
 しかし私だってきっかけはどうあれ、イッちゃんを応援することを第一の目的にして
ハワイまできたのだ。その目的を果たせずして今回の旅行に何の意味があろう。
「ゴールの場所がはっきりしないから、明日は朝から行動を開始しよ。
ただ、明日もどうなるかわからないから今日、お土産だけ買いにいかせて。」
そう言うとマッサーさんは
「そうしてくれるか?遊ぶ時間がなくてごめんね。
そのかわりこの後はダッチ君にすべて付き合うよ」
別にそこまで望んでいたわけではないが、この御仁がこっちの言うことを
聞いてくれるというならそれはそれでいいや。
 こんな事があって現在この状況に至ったわけである。

 さて自分の思い通りとはいえ何をしようか?まず腹ごしらえだな。
私はハワイにきてからたびたび目にして気になる店があった。
それはレッドロブスターという店だ。
その名のとおり、海鮮料理の店だろう。チェーン店らしくあっちこっちにあった。
 昨日は、ライオンのエサ並みのボリュームのステーキだったから今日はさっぱりとした
料理が食べたかった。何よりも一度ロブスターなるものを食べてみたかった。
ホテルを出るとバス停に向かった。歩いていけない距離ではないが、シャワーも浴びた
後だったし夕暮れ時の風にあたって乗るにはあのバスはうってつけだった。
やがてバス停が見えてきたときマッサーさんがポツリと言った。
「あっ、カード忘れた。」
もっっっっう!あんたって人わぁ!!
しかし部屋まで戻ることを考えるとこのまま歩いていった方が早い。
仕方なく歩いて行くことになった。

 さていざ店を探すとあんなによく見かけたあの看板が見当たらない。
一体これはどうした事だ。しばらくショッピング街を彷徨ったがとうとう見つけられ
なかった。
今日は本当に目的地にたどり着けない日だなあ。そう思いつつ仕方なく目ぼしい店を
みつけ入ることにした。
 店は断念したがロブスターだけは譲れない。選んだ店も海鮮料理の店だった。
店内はアジアンチックな雰囲気で入口正面には大きな水槽があってたくさんの泡が
ブクブクと上へ上へと立ち上っていた。バルコニー席からは浜風にあたりながら
往来を眺めて食事ができるようになっていた。
バルコニー席はあいにく満席だったので私たちは普通の席に案内された。
しばらくするとウェイターがオーダーを取りに来た。
 昨日とは違ってアジア系の人で日本語も話せたのでメニューについても、いろいろ
相談することができた。協議の結果、ロブスターと海鮮料理のコースをオーダーした。
 料理が運ばれてくる前にまず私はマッサーさんとバドワイザーで乾杯した。
もちろん明日のイッちゃんの健闘を願って。

 やがて銀色の皿がらせん状に組み合わさった食器に牡蠣や刺身が盛り付けられて
運ばれてきた。早速食してみる。悪くない味だ。生ものだから、食材が新鮮なら
当たり前か。しかし、マッサーさんはイマイチとの感想を持ったようだ。
まあこの人は普段からいいモノ食ってるからな。気にしない気にしない。
 ビールも進みいい気分になった頃、いよいよお持ちかねのロブスターが運ばれてきた。
茹でられて真っ赤に染まったそれはとても食欲をそそった。
イセエビぐらいの大きさで、大きなハサミが特徴的なその姿はまさしく子供の頃
トムとジェリーで見たあのイメージのままだった。
 あの頃は自分がハワイでロブスターを食べるなんて夢にも思わなかったのに
今、こうして・・・。
さて感慨深げにしている場合ではない、ありがたくいただきましょう。
ウェイターが木槌で殻をたたき割って中の身を取り出し皿に盛ってくれた。
なかなか豪快だ。
 味はイセエビよりタンパクであったがソースにつけて食べると美味しかった。
「イセエビの方がうまいな。」
マッサーさんは予想どおりの感想だった。でも今日は私に主導権があるのだからね。
お忘れなく。
 お腹も程よく満たされ、ビールも飲んでいい気分。食事も終了といきたいところだが
もう一つだけ頼みたいものがあった。それは小エビのカクテル。
 映画「フォレストガンプ」で出てきたのだが、それが何のかは詳しくわからなかった。
カクテルにエビ?とても興味がある。
例え飲める代物でなかったとしても一見の価値はある。
 私は食後のデザートにと、このカクテルを注文した。
どんなグラスに入ってくるのだろう?ドキドキしながら待った。
そしてそれは、姿を現した。
あれっ!?
それは白い皿にレタスやオニオンスライスと一緒に盛り付けられたエビのカルパッチョ
のようなものだった。
 私が思い描いていたのは、昼間見た海のような色をしたカクテルの入った
グラスにエビが・・・そう、まるでアイスレモンティーについてくるレモンのように
グラスのエッジに刺さっているものだった。それが、それが・・・
「カクテル注文したのに間違えたのかな?」
私はマッサーさんに聞いた。
「さあ、わからん。」
それは当然の回答だ。
 しばらく呆然と運ばれてきた皿を眺めていた。よく見るといろんなエビが
盛り付けられているのがわかった。
 カクテルって複数のものを混ぜ合わせるって意味もあったけ?
それならこの状況も理解できる。
 ウェイターに聞いてみようとも思ったがもし私の推理が正しいのならあまりにも
恥ずかしい。黙って食べることにした。
 ねえ!本当に小エビのカクテルってお酒じゃないの?誰か教えて!

 いささか腑に落ちない気持ちになりながら店を出てショッピングに向かった。
ショッピングなどという柄ではないのだが、今回だけは姪にムームーを買ってくる約束を
したのでこれだけは死守しなければならない。とは言ってもムームーなんてそこら中で
売っている。さてどこで買おうか。今朝土産物屋で入手した情報をもとにいろいろな
店を物色することにした。
 何軒か目の店で発注条件に見合うムームーをみつけた。ピンクの花柄の肩の部分に
ひらひらのついたものだった。すかさずタグをチェック。”MADE IN HAWAII”よし
間違いない。買うことにした。
 さてこれでお土産の9割は完了したようなものだ。あとは何か気に入ったものでも
あれば買っていくとしよう。そう思ってあっちこっちの店に入ったりしたが特に触手を
動かされるものはなかった。我ながらつまらない男である。
その点、もう一人の男は良くも悪くも購入意欲が高いので、こうなると今度はこっちが
マッサーさんの買い物に付き合う形になった。
 カヤック用のラッシュガードと、あといかにもハワイらしい木製のパドルを買いたい
ということで、その手のスポーツ用品店に入った。
 店内にはマリンスポーツ関連の用品が所狭しと陳列してあった。国内では滅多に
お目にかかれないパドルスポーツ用品も豊富だった。
ただ、お土産としてはお値段が少々・・・
 さすがのマッサーさんもパドル購入は諦めたがラッシュガードは買うことになり、
店員さんに話しかけると日本人の方だった。
 このお店の店員さんなら明日のモロカイのことを知っているかもしれない。
そう思い尋ねてみた。
「ええ、知っていますよ。」
おお!やっとモロカイについて知る人をみつけた。早速ゴール地点について教えて
もらった。
 どうやらあのハワイカイの近くに川がありその河口を入ったところにボートハウスが
あるそうでそこがゴールらしいとのことだった。
 そうかそれで、海岸沿いには何もなかったのか。これで一安心だ。マッサーさんの
買い物も、たまには役に立つんだね。

 お土産と情報を手に入れ本日のミッションを終了した私たちはホテルに向かっていた。
途中マッサーさんが食料品関係のお土産が売っている店に寄ろうと言い出した。
何やら奥さんに頼まれたものを買うらしい。それは絶対に死んでも忘れるわけには
いかないだろう。家庭事情を聞かされていた私は黙って同行した。
 でも、お噂ではかなりこだわりを持った奥方とのこと。一体何を御所望なのだろう?
「ねえ、何を買うの?」聞いてみた。
「コーヒーだ。」
「コーヒー?そんなものわざわざハワイで買わなくったって。」
「普通のコーヒーじゃあないんだよ。コナコーヒーといってハワイでしか栽培してないだ。」
そんなコーヒーがあるなんて初耳だった。とりあえずはそのコーヒーの探索に協力した。
すると売り場の一角にコーヒーが積み上げられている場所を見つけた。
「マッサーさんこれじゃないの?」
「おお。これだこれだ。」
そう言ってマッサーさんが近づいてきた。
「あれ?でもこれ2種類あるよ値段も違うし。何が違うのかな?」
「メーカーが違うだけだろ。どれも一緒だから安いのたくさん買っていこう。」
マッサーさんは私の疑問など全く気にする様子はなかった。
レジで大量のコナコーヒーの会計をしているマッサーさんを見ていて、
そんなに美味しいならと私もコナコーヒーを買うことにした。
 よくパッケージを見比べると片方にはブレンドの文字があった。
なるほど、だから安いのか。私は先人のように大量購入するつもりはないので
値段は少々高いが100%コナコーヒーをカゴに入れた。
 レジに並ぶと先に会計を済ませたマッサーさんが寄ってきた。
「何、ダッチ君は高い方買うの?味なんて変わりゃあせんのに。」
「味の違いはわからないかもしれないけど、折角の美味しいコーヒーなんだから
やっぱりブレンドじゃない方がいいかなと思って。」
それを聞いたマッサーさんは顔色を変えた。
「何!!それ本当!?こりゃあいかん!」
そう言うとマッサーさんは売り場に戻っていった。
ただ先ほど大量にブレンドコナコーヒーを買ってしまっているので追加で買うと
なるとさすがに多すぎる。現金で買ったのならまだ交換も簡単にできるだろうが
カードでは、面倒だろうな。
案の定マッサーさんは交換に手間取っていた。
レシートを見せて一生懸命事情を店員さんに説明するマッサーさん。
その甲斐あってなんとか交換してもらえる事ができたようだ。
やっとのことで商品の交換を終えたマッサーさんが私のもとにやって来て言った。
「いやー、危なかった。間違えて買って帰ったら、ど叱られて、
家に入れてもらえんとこだったわ!」
「・・・大変ですね。」
マッサーさんの境遇に少し同情した。

いろいろあったけど(本当にあり過ぎ!)
明日はいよいよモロカイだ!
現地入りしてから全く連絡もとれず情報も入手できなかったけど、
場所も間違いなさそうだし、ナビも交換してもらったし準備は整った。
あとはゴールで待つのみだ。

(Written by ダッチ)



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